Designer's BLOG
Note

What is fashion?

Sunday, 14 July 2019
ファッションとは?
本を読み進めていくうちに自分の持っていた知識や感覚が覆される。それが面白い。
内容が濃すぎてまだ70ページしか読んでいない。
一番驚いたこと、ファッションとラグジュアリーは相反している。
ラグジュアリーは価格では無い。
ただ一部の人にしか分からない、手に入れられないという特徴を持つと価格も1つの要因となるだけ。
ラグジュアリーと芸術の根元は一緒、しかしファッションはラグジュアリーでも芸術でも無い。
今日のファッションとは都会化の中での他者との差別化、自己表現方法である。
それでも現在の世の中にもファッションが存在しない場所がある。その着目点にも驚いた。
ラグジュアリーは自分を満足させるもの、ファッションは人に見せるもの。
ラグジュアリーは永続性があるもの、ファッションとは季節毎に変わる短期的なもの。
自分が抱いていた違和感が少しずつ言葉にして理解出来てきた。
ファッションでラグジュアリーを成立させるのはとても難しい。
くるくる変わっていく季節や流行はファッションそのもので、私はその様相が苦手だった。
ラグジュアリーは変わることなく存在し続ける安心感や信頼感がある。
私が目指しているものというか、元々自分が向いている方向というのはラグジュアリーや芸術の方に近い。
ただそれをファッションで表現するには難しすぎる。
絵を描いて完成させたらそれはそこで終わりで以後残り続けるが、ファッションはそうは行かず完成させたら消費されなければ成らないしそれを何度も繰り返していかなきゃいけない。
1シーズンごとに完成と消化と繰り返さなければいけない。私はそれに付いていけない。
ファッションを写した写真は芸術でも、ファッションは芸術では無いんだ。その場だけの、その時だけの自己表現でしか無い。
何がラグジュアリーを担い、何がファッションを担うのか?
ラグジュアリーとファッションが唯一交わるのはオートクチュールである、という話にも納得が行った。
それだけでなく世代で受け継ぐことのできるしっかりとした仕立てや生地のスーツもそれに該当すると思う。
個人的にはラグジュアリーとファッションがちゃんとした意味で成立している場所はテーラーやサルトのようなオーダーメイドのメンズスーツだと思う。
ワンシーズンで消費して捨てるなんて事をしなくていいし、ラペルや丈のデザインが遅れたものになっても分解して仕立て直せば新たなデザインに作り変えることもできる。
永続性のあるデザインももちろん存在している。

試験的に色々やってみて自分が納得できる方法があればいいな。
とりあえず悩みに悩んでフィットアンドフレアドレスのサイズ規定を一新しました。
今まではタイトシルエットのみだったけど、タイトとデイリーの2種類にして、デイリーは着心地を優先しつつデザインも崩れる事は内容に数値やラインを引き直した。
ずっと満足できるようなタイトな袖が出来なくて悶々としていたけど、それにも答えは出た。
ラグジュアリーとは全てが良い訳ではなく、何かを突出させると何かに妥協するしかない。その妥協の部分も個性や特性の1つだとさらけ出す事。
フェラーリはエンジン音がうるさい、という例があってそういう物だと理解した上で皆んな欲しがる。むしろ静かなエンジンなんてフェラーリじゃないと言いたげに。
そういう物なんだなって思った。
それをファッションに置き換えると着心地は二の次でデザインを優先させる事、それもまたラグジュアリーである事。
だからタイトに作ったお洋服に着心地は必要ない。デザイン優先なんだから。
それはそれで納得したんだけど、やっぱりそれだけじゃ毎日は着にくいから毎日着るのに丁度良いサイズ感でも作りたかったんだ。
そう思ってデイリーサイズというサイズ規定も作ってみた。
ココ・シャネルは機能性の無い服なんて意味がないとデザインだけじゃなく着心地や動きやすさも優先して、それがキャリアウーマンが活発になった時代に受けた。
そういう部分にも憧れてて私も機能や着心地の良いものを、と目指したものの私が好きなのはシャネルとは真逆のDiorのようなタイトで女性らしいシルエット。
当たり前だけどそれじゃ上手くいかないよね。
真逆のものを両立させるなんて出来ないし、どちらかを妥協させなきゃいけないんだから。
理想で終わらせない為には挫折するしか無かったんだ。
挫折した先に正解があるのなら、意固地になってないで挫折も経験するべきなんだ。何年も悩んでた過去の自分にそう言ってやりたい。
マークジェイコブスが言った「ファッションは芸術では無い」という言葉も今なら根元から理解できる。

とりあえず今の発想で初めて、それが板につくかどうか、まだ変えるべきかどうか、続けられるかどうかをやってみる。
ラグジュアリーな永続性という部分をデザイン・アイテム・質に持たせたい。
最初は普通の生地で色々作ってみて納得出来るアイテムが出来たら質の良い英国ウールなんかを使って永続的なアイテムにしてみたい。
これがどこまで出来るか、どこまで続くか。
私の性格は面倒で、面倒な事や面倒な自分から目を逸らしまくった結果面倒な人間に仕上がった。
なんとかなるなんて甘い考えで突っ走って、取り返しのつかない失敗をして。
どうしたら失敗せず目的や目標に近づけるかの成功体験が私には無い。基礎がないから突っ走るだけで失敗する。
取り返しのつかない失敗をして思ったのは、今まで取り返しのつかない事に成らなかったのは他者に見守られたり助けられたり尻拭いをして貰ってたからだ。
その事に自覚もなく感謝もなく結果面倒くさい人間が出来上がっただけだった。
人目から遠ざかって、独りで過ごすようになってやり遂げた事なんて何1つない。
褒めてくれたり助言してくれたり叱ってくれる人がいて何かに到達する。
嫌味や悪口も見方や感じ方の1つだと捉えればそう悪いものでもない。
やっぱり身近に人が居なきゃ駄目なんだ。
人目に触れず自分を客観視なんて出来る訳ないんだ。
環境や人に恵まれるって大事だ。
色々と変わんなきゃいけないな。