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diary

Diary

Tuesday, 4 July 2017
美容室行ってヘアカットして貰って更新したパスポートの受け取り行って来てた。
最初に10年パスポートとったから色が赤だったんだけど、
5年パスポートがネイビーだと知ってネイビーのほうが好き!という事で5年パスポートにした。
理由がバカっぽい、でも色を寒色系で揃えるのが好き。
ただし紫は寒色系とは認めたく無い。

髪の毛は良い感じ。
仕上がりはシンプルなんだけどいつも上手く伝わってなくて今回はちゃんと伝わった感じ。
毛先は切りっぱなしで髪を全部前に持って来た時に毛先がまっすぐ揃う、レイヤーは入れずにボリュームダウン。
仕上がりのイメージが上手く伝わってよかった。
帰って来たら暑くて体力消耗したのか速攻眠くなって横になった途端寝ちゃった。


誰の言葉か忘れたけど「知ったら嫌いには成れない」。
自分の中でもそれに似た感情が根付いて居る気がする。
知らないから酷い事を言えたり決め付けたり嫌いに成れたり出来るんだと思う。
そして嫌いで居たいから知らないままで居る事もあると思う。
嫌いになる事は人間らしい感情で決して悪い事では無い。
自分を嫌いな人に好かれようとする必要もない。
好きな人に嫌われるのは一番悲しい、ただ嫌いになった経緯を知るとそれを嫌いには成れない。
なんかおかしな事言っている気がするけど。
最近気づいたのは理解は出来ても納得する事は出来ないこともあると言う事。
理解=納得では無いという事、
理解=許したという事ではないという事。
そこら辺を上手く言葉に出来なくてもやもやしてた。
理解は出来るけど、その「けど」の部分が言葉で表せてなかった。
納得したとか許したと思われたく無いから理解する事も知る事もしたくなくなったんだ。
今でも来たら許せるけど来ないなら許せないって気持ちがある。


前にも書いた気がするけど学生時代は歴史が嫌いというか日本史に興味がなく苦手で、
世界史はファッション関連で大体把握しているからテストの点は酷く無かった。
特にきっかけは無かったんだけど目について昨日から今日にかけてWW2時代の日本海軍の個人の日記とかを読んだんだけど読み更けてしまった。
生きた証とかそこで生きて居た人たちの思い出とか、なんか羨ましくなった。
思い出の共有とか、そういう部分が私という人間は抜け落ちてる気がする。
根底に自分が嫌い(外見以外)というのがあって過去を大事にしてこなかった事もあると思う。
前の引越しの時に昔の写真が出て来た時に何も思わなかった。あとで捨てようとか思ってた。
あと自分じゃ無い別の誰かになりたいという願望もあった。
別に関わった人が嫌いでも無いし思い出も嫌いじゃ無いのに。
物心ついた時には既にそういう人格が形成されてたんだと思う。
私はこれから生きて行って自分を大事に出来るだろうか、自分に関わってくれた人や思い出を大事に出来るだろうか。
普通こんな事は悩まないんだろうけど。
最近になってひとりで居ることに限界を感じてきたんだと思う。
ひとりでも没頭出来るほど好きな事があれば良いだろうけど、正直言ってそこまで服を作る事も写真を取る事も好きじゃ無いのかもしれない。
他のことに比べると確かに好きなんだけど。
こう思うのは何なのだろうね、ただの無気力なのかな。

個人的に戦争は良くないし絶対やるべきでは無いと思ってる。
ただ戦争の賛否は置いておいて、戦争で結びついた人間関係や生きた証である思い出を奪う権利は誰にも無い。
戦争で亡くなった方との思い出を共有できる場所を奪う権利もない。
いつも歯医者に行く時に靖国神社の前を通るんだけど毎回いつか入って見ようと思ってもきっかけが無かったけど、今度行く時に参拝しに行こうかな。
いつか兄の演習も見に行きたい。
今は富士の戦車隊に居て秋に栄転で一定期間九州の方へ行くらしい。
また静岡に戻って来たら富士の演習見に行ってみたい。ただチケット?が簡単には取れないらしい。
色々あった所為で兄妹仲は良いとは言えないんだけど、一方的に尊敬はしている。
こんな状態の私のことを見兼ねて自衛隊に誘ってくれた事もあった。
私は訓練に耐えられる自信も覚悟も無いから断ったんだけど、気にかけてくれた事に感謝してる。
まだ兄と向き合って話せる勇気がない。泣きそうになって声が震えてしまう。
不出来な妹で申し訳ないと思ってる。

頻繁に生きたくないなって思う反面、まだ勿体無いって思う。
それ以前に父や兄が私のことを生かしてくれて居るという事に感謝するべきだとも思う。
必要としてくれている人が居るから生きたいって思えるんだろうけど、
そういうのを感じるほど人間関係を大事にしてこなかった自分の所為だと思ってる。
私は自分の悪いところを探して改善するより自分を責めるから余計に孤独感が増してる。