Designer's BLOG
Note

circle

Monday, 11 February 2019

スカートのパターンも一新しようと思って円形からフレアギャザーの数値出しているのだけど脳みそ死んでるっぽい。
公式は 2πr で求めるのにいつも πr で計算して全然足りない可笑しいってなる。
学生の時は数学が得意だったのに算数レベルまで全部抜け落ちた。
そういえば何年か前も同じような事していた覚えがある。
円ばっかノートに書いてあって次の日見ると全然読み解けない。
ギャザー分量とフレア分量の割合を悩んでる。
フレアは裾のふんわり、ギャザーは腰のふんわり。
良いバランスで綺麗なラインに仕上げたいから何着か試作してみる。
スカートの種類も変えようと思って、フレアギャザー、セミサーキュラー、サーキュラー、タイトの4種類。
ストレートフレアとセミサーキュラーが同じ感じになるのなら入れ替えたいなと思ってる。
タイトスカートに関しては自分の趣向では無いのでまずは基本型で作ってみて、もしこだわりたい点が出てきたらライン取りとかいじっていこうと思う。

袖については52着目でライン取も形もタイトで綺麗に仕上がった。
ただ運動量を確保するに当たって鎌底を上げたら縫い代が脇にあたる、かなりの不快感。
でもこれを数ミリでも下げると肩の動きが引っかかる。
縫い代を5mmカットして処理すれば解決するかな。
あとはそこの処理を確立するだけ。


長い事自分と向き合う事が出来ていなくて、
自分が抱えるいろんな問題点を気づかないようにしていたと思う。
何かやっても上手くいかなくて、現実逃避ばかりしては、今度は逃避先が嫌になって現実に戻ってきたり。
心ここに在らずで自分がどこに立っているのか自分は一体何者なのか分からずに、
きっと意識していればちゃんと見えていた物も、無意識に見ない振りをし続けていた。
自分が何をすればいいか、どこへ向かえばいいか、真っ暗で、
現実逃避ばかりして、いつか幸せになれたらいいななんて思いながら時間は残酷なほどに経過して、
自分が何をしていたのかもよく覚えてない。
暇つぶしのような人生だなって感じた。
何の目的もなく生きている時間は確かに暇つぶしと同じ感覚なんだろうな。

過去の誤った選択を清算したい。出来る限り。
若気の至りというか、正気を失ってた部分が多々あった。
「正気から切り離された幻想は信じがたい怪物を生み出す」という格言を見て私じゃんって思った。
それがもし正しい事だったとしても、やり過ぎない、余計なことをしない、
その節度が私には無かった。タガが外れていた。
間違えていたことに気付いた時、それを取り戻せるだろうか。
取り戻せるのなら、どのくらい取り戻せるだろうか。
誤りに気付いた時に元に戻す・修復する努力をすれば取り戻せるのだろうか。
放置したり諦めたりしなければ完全ではなくても取り戻す事が出来ると信じたい。

良いと思ってやった事が悪かったり、
欲を出した所為で元々あったものまで自ら壊してしまったり、
自分の手元がちゃんと見えていなくて、元々あったものまで失った。
後悔したり、あの時あんな事をしなければと思うと自分の失敗は尽きない。
正気があれば、必死に成らなければ、欲を出さなければ、冷静な自分でいたらこんな間違った選択はしなかったと猛省する。
失敗も含めて自分というものが成り立っていて、失敗しなければ気付けないものや抱けない想いがたくさんある。
失敗したり失ったりしなければ、その価値や重さに気付かない事もある。
私は自分の間違いに気付けるだろうか、
気付かずに過ごすのも、気付いたのに放置や諦めでそのままやり過ごすは嫌なんだ。
気付いた失敗や間違いをこれからの自分はどこまで取り戻せるだろうか。
完璧には成れない、一生の中で自分で自分を満足させる事がどこまで出来るだろうか。

理想と現実。
自己主張の仕方や感覚、想像力。
人とは違う自己主張の仕方や、有るとも無いとも言い切れない想像の共有、それと同じには成らない現実。
考えたり悩んだりし続けて、答えは全く出なかった。
本当の事は分からない、私の感覚は全くの妄想なのか、
あの自己主張のやり方や在り方で確かに共通や共有をしていたのか、
現実であると言えるものが存在しているのか。
それを信じるのは正気を失っている事に該当するのかという不安もある。
自分では正気であるつもりだが、言葉で言い表せない何かに迷い込む。
その時点で正気じゃ無いのだろうか。
どこからどこまで現実で、どこからどこまでが妄想で、どこからどこまでが正気なのか、自分でも判断がつかない。
他者から見たら精神疾患者にしか見えないという自覚はある。
問題は何が本当か分からないという部分だけじゃなかった。
私が会う気に成れなかったのは相手の所為だけではない。
相手と向き合えないほど私が自分の事を嫌いになったから。
もし現実で何か起こったら、逃げずに向き合って何が本当だと言える事なのか知ろうとする努力をしたい。
そういう気持ちはあるんだ。


過去を振り返ってあの頃は良かったなんて思う事がある。
それはあの頃が本当に素晴らしかった訳では無く、それを楽しむ事が出来ていた自分が良い思い出になっている気がする。
良いところに目を向ければ確かに良いことは沢山あった、悪いところに目を向ければ悪い事が沢山あった。
その中でも繰り返し思い出すのは楽しむことが出来ていた自分、それに付随する時代や周りの環境なんだろうな。
楽しむ事が出来る余裕、理不尽を許せる余裕、怒るよりも冷静に対処できる余裕。
嫌な事が無かった訳では無く、嫌な事も上手く対処できる余裕があったのかな。
余裕がある人間に憧れる。

いつも最後に「思う」と付けるのは昔からの自分の癖だ。
他者とは意見が違うと分かっているから、それを前提に置いていると話し言葉の最後が「思う」になる。
あんまり感情を文字にする事が無くて話し言葉で文字にして書くから、単純に文字表現が下手なんだろうな。
言いたい事が全部顔に出るタイプ。話す時は身振り手振りが多め。
関係ないけど漢字が読めない、物語を覚えていらなれない、何度も繰り返し見たり調べたりして覚えようとするのに抜け落ちるスピードが早すぎる。
記憶に無いんじゃなくて、記憶 ”が” 無い。
それに対する興味や関心が浅いだけなのか、元々頭がどっかおかしいのか。
なのに根に持った事は執拗に覚えてる。
あと字が真っ直ぐ書けない。
ペンの持ち方直してからマシになってるけど考えながら書くと持ち方が変になって真っ直ぐ書けてない。
英語の草書体は文字に集中して書くから綺麗に書ける。
前にどこかに書いた気がするけど万年筆やGペンで草書体やロゴを書く動画を見るのが好き。
文字も綺麗だし書く時のあの音も聞いてて心地よい。